2018年 03月 12日
日本の国会は「村」レベル? |
今年はメジロのベールが来てくれなかったけど、庭ではようやく、梅、沈丁花、馬酔木(満開です)が春を迎えて、心も軽くなりそうです。しかし、政治はあまりにもひどい状況。近畿財務局職員が自殺、遺書らしきものあり、遺族に対する隠蔽工作失敗、これらを受けて、財務省がようやく公文書改竄を認めた。この問題の本質は安倍夫妻にある。彼らのうすっらい表面的な愛国心を刺激する団体に接近しすぎなのである。親の会、ヘイト、そして教育勅語を読ませる教育。このようなうわべだけの似非右翼思想の金儲けに引きずり込まれる馬鹿さ加減には呆れる。国を愛し、導くこと、それは国民を幸せにすることである。今回、理財局長ほか数人の役人の首切りで終わるかもしれない。今、画像に映る佐川氏を見ているとスケープゴートにされる、憐れさえ感じる。しかし、事の本質は、総理、総理夫人が軽々しく、「右寄りと称する人物」に深くかかわったことに起因する。このことは政府がいかに隠そうとも万人の知るところである。このことを発端として、不条理・えこひいき・癒着を基盤に起きながら、役人が官邸の評価を受けるため、これらがまさにないような透明性のあるストーリーを描き続けたことが、事態の本質ではなかろうか。正に今の政府は民主主義を村社会に引き戻してしまったのである。村長の、有力者の意向を中心に動く社会である。壊れた民主主義をいかに立て直すか、国会、政党の責任である。「財務省はよくやっている」などしょうもないコメントを残した宗教政党の代表など、民主主義を語るべきではない。森友の次はお友達疑獄の「加計学園」の公文書まで飛び火するのでは、などと思ってしまう。スパコン(官邸と親しい人物が主)への方がいな投資、AMEDでの不透明な研究費の配分。厚労省の裁量労働制などのデータ操作と隠蔽。確かに官僚の劣化は激しい。15年前までは官僚と話をする時も「これは私たちの信念でやります。議員は使わないでください」と言い切る幹部が多数いたものだが。嘆かわしい次第である。しかも、この政権の受け皿が?では。困った、としか言いようがない。
by amitohyama
| 2018-03-12 11:53
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